UXライティングに敬語は不要か?
一般に、プロダクトのテキストにおいて、敬語を目にする機会はそれほど多くありません。その背景には、ユーザーはテキストが長くなるほど読まなくなることや、ボタンなどのコンポーネントにおけるスペースが限られていることがあります。敬語を使用すると、どうしても文字数が多くなります。例えば、「カートに入れる(7文字)」という文を尊敬表現にすると、「カートにお入れいただけます(13文字)」となります。そのため、尊敬語や謙譲語は使用せずに書くのが一般的です。
敬語を利用する場面もある
では敬語は必ず排除すべきかというと、そうではなくて、ボイス&トーンの観点で、丁寧さや敬意、歓迎などが必要となるページにおいては、敬語を適切に使用できる場合があります。
例えば、次のようなページにおいては、ユーザーの目的は単に「操作を完了させること」ではありません。こういったページにおいては、敬語表現の利用を検討します。
- ユーザーとして登録するページ(新規登録ページ)
- ユーザーが大きな不満を感じているときに確認するページ(ヘルプページなど)
- サービス側からお願いして特別な操作をしてもらうページ(ヘルプページなど)
- ユーザーがやりたくないのにやらなければならない操作が発生するページ(不具合時の対応など)
新規登録ページにおける敬語表現の活用
新規登録ページにおいては、敬語表現を用いることができます。ユーザーはまだ顧客になっておらず、多くの場合、「丁重さ」や「歓迎」といったトーンが必要とされます。こういった場面においては、敬語を用いることによって、ユーザーに対する肯定的な気持ちを伝えることができます。
例えば、次の例ではディスクリプションに「1つのApple IDですべてのサービスをご利用いただけます」という尊敬語が用いられています。敬語表現がなければ「1つのApple IDですべてのサービスが利用できます」と書くところを「ご利用いただけます」とすることによって、利用主体であるユーザーへの敬意を高めています。
出典:Apple
次の例では、「アカウントをお持ちではありませんか?」に謙譲語が用いられています。敬語表現をしなければ「アカウントを持っていない」と書くところを、「お持ちではありませんか?」とすることによって敬意を高めています。
「アカウントをお持ちではありませんか」は発言者の交代が発生している事例です。通常、「アカウントをお持ちではありませんか」のようにユーザーがアクションを起こすタイプのリンクでは、「(ユーザー自身が、私は、)アカウントを持っていない」のように、ユーザーを発言者として文を作成します。しかしこのまま敬語表現にすると、「(ユーザー自身が、私は、)アカウントをお持ちではありません」という自尊敬語になってしまいます。そこで、発言者をサービス提供者に交代したうえで、謙譲語を用いて「(サービス提供者側の発言として)お持ちではありませんか?」と書かれています。参考:UXライティングガイドライン(ボタン・リンク)
出典:Airbnb
ヘルプページにおける尊敬語・謙譲語表現
ヘルプページにおいても、敬語表現を用いることができます。ユーザーがヘルプページを見るのは、トラブルが発生した場合や、不満がある場合です。このようなシーンにおいても敬意を含んだトーンが適切な場合があります。
例えば、次の例ではディスクリプションに「〜のページをご確認ください。」といった謙譲語が用いられています。「確認してください」ではなく「ご確認ください」と書くことによって、敬意を表しています。
出典:Amazon
使用する際は、敬語の程度に配慮する
実際に敬語を使用する際には、どの程度の敬語を用いるのかを検討します。敬語には、丁寧語、尊敬語、謙譲語といった種類があります。その中で、丁寧語だけを用いるのか、尊敬語や謙譲語まで用いるのかをコントロールしながら使用します。
丁寧語
書き方を丁寧にする場合には丁寧語を使用します。丁寧語は文末に「〜です」「〜ます」をつけて敬意を表す表現です。丁寧語は、ディスクリプションやエラーメッセージ、成功メッセージなどに幅広く用いられます。
丁寧語の例
- アプリの使用中にも設定画面にアクセスできます。
- ルールを作成しました。
- このコンピューターだけの設定です。
尊敬語、謙譲語
読み手であるユーザーへの敬意をさらに高める場合には、尊敬語や謙譲語を使用します。尊敬語は、「お試しになる」や「こちらをご覧ください」のように相手を高める表現です。謙譲語は「ご案内いたします」や「症状を拝見します」のように自分を低めて相対的に相手を高める表現です。
尊敬語の例
- それでも電源が入らない場合にはお問い合わせください。
- 別の方法をお試しください。
- もう一度ご確認ください。
謙譲語の例
- 入会方法をご案内いたします。
- 原因の解明に努めて参ります。
敬語をコントロールしてユーザーの体験を高める
UXライティングでは、システムの言葉を、機械の言葉としてではなく人間の言葉として書きます。Clifford Nassの『The Man Who Lied to His Laptop: What We Can Learn About Ourselves from Our Machines』においては、「人は、PCやスマートフォンで操作するシステムに対しても、実際の人間に抱くのと同じように感情を抱く」とされています。ここで、人間らしく振舞うための一つの要素となるのが敬語です。
敬語は、ユーザーに敬意を伝えることができる文法表現です。適切に使用することによって、サービスに「丁寧さ」の要素を加えることができます。ただし、テキストは短く書くという原則は変わりません。使用する際には、適切なコントロールが必要となります。場面に応じて敬語を使うことによって、ユーザーによい影響を与えられないか、一度検討してみてはいかがでしょうか。